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日本の賃金は30年変わっていない、誰のせいなのか?

 

新型コロナウイルスによって雇用環境が悪化する以前から、日本では海外諸国と違い30年間も平均賃金が増えていませんでした。その原因は、企業の人件費削減やいわゆる「非正規化」の進展だといわれています。

しかし、それだけでは当事者である労働者が「なぜ低賃金を甘受してきたのか」説明がつきません。そこで今回は、これまでに見落とされてきたもうひとつの根本的な原因について考えていきます。

日本では平均賃金が30年間増えていない

最初に、G7諸国の平均賃金の推移をみてみましょう。平均賃金はほとんどの国で右肩上がりに上昇しているにもかかわらず、日本の平均賃金は実に30年近く横ばいのままです。

日本は、1990年初頭はアメリカに次いで2番目の賃金水準だったにもかかわらず、現在は下から2番目に転落しています。高度経済成長期やバブル景気は過去の話、日本は30年間で賃金の安い国になってしまったのです。

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企業の人件費削減だけが原因?

日本の平均賃金が増えない理由は、これまで様々な角度から論じられてきました。代表的な理由に下記があります。

(1)企業の人件費削減

(2)サービス経済化が進んだものの、サービス産業の賃金水準は低い

(3)労働組合の組織率の低下

(1)は企業の経営姿勢、(2)は産業構造の変化によるものですが、これらの他にも、働く個人の変化も指摘されてきました。

(4)正社員以外の雇用形態で働く人が増えた(雇用形態格差)

(5)女性の労働参加が増えた(性別格差)

(6)高齢者の労働参加が増えた(年齢格差)

(4)~(6)は、正社員以外の労働者、女性、高齢者の賃金は安いと言っているわけですが、冷静に考えてみるとおかしな説明です。同じスキルや仕事内容にもかかわらず、性別や年齢だけで賃金が安いのは差別だからです。

(1)の企業の経営行動と表裏の部分がある(4)雇用形態格差は、すべてが差別とはいいきれない部分があるものの、(5)性別や(6)年齢による賃金格差を、いまなお当然視している人は少なくありません。

低賃金を受け入れてきた労働者たち

コストを削減したい企業からすれば、ある特定の労働者群の賃金が安かったとしても、問題が起きないのであれば何も変えないでしょう。しかし、当事者である労働者たちは、なぜこんな理不尽な状況を甘受してきたのでしょうか?

もちろん、「低賃金を受け入れてなどいない、少ない収入で必死にやりくりしてきた」という方がたくさんいます。けれど、不満がそれほどまでに強かったのであればなおさら、なぜ労働者たちは企業の賃金制度を変えるだけの影響力を持てなかったのでしょうか。

この理由は一般的には、(3)労働組合の組織率の低下により、労働者側が企業に賃上げを求める力が弱くなったからだと説明されます。たしかに戦後56%もあった組織率が、いまでは17%まで低下しているので、労働組合による賃金交渉の影響力は大きく後退しています。

しかし、労働組合がなかったら新たに組織したり、個人で声をあげることもできるはずです。しかしそうはなっていません。結果的に、労働者の賃金に対する切実な要望が企業に届かないままとなっています。

賃金に対する認知にはバイアスがかかる

同一労働同一賃金が浸透していない日本では、雇用形態や性別、年齢による賃金格差が根強く存在します。これまでの雇用慣行の結果といえるのですが、その背景の1つには「賃金が安いか高いか」の評価にはバイアスがかかりやすいことがあげられます。

まず、賃金が安くて困っている労働者の実態を、賃金の高い管理職や役員はリアルに想像できません。賃金が安くて困っている人がその不満や賃上げの要望を伝えても、「いまの賃金で十分」と思っている人は喫緊に対処しなければならない課題だとなかなか認識できないのです。

加えて、不満を表明しても当然なはずの労働者が、自身の賃金水準が低いことを認識していないこともあります。諸外国のように「賃金は増えて当然だ」と思っていなかったら、「賃金が同じだったら、減っていないのでよい」と思ってしまうでしょう。

海外諸国のように人材の流動性が高ければ、「A社ではいくら、B社でいくら…」と相場を知ることができます。しかし、長期雇用が根づいている日本では、賃金に関する情報が企業内に閉じているため、賃金の多寡を判断することが難しいのです。

いつのまにか賃金の安い国になってしまった理由は、企業が人件費削減に熱心に取り組んできたかたわらで、労働者たちは賃金水準の相場を知ることが難しく、賃金の多寡について職場内ですりあわせる風土が醸成されなかった。そんな日本の労働慣行も大きな要因の1つだと言えるでしょう。


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